クレオールの類型論的性格について、非クレオールから弁別的*1だと主張する一連の論文群。表題に採用したのは 2011 年のジャーナル論文。
- Peter Bakker, Aymeric Daval-Markussen, Mikael Parkvall and Ingo Plag. Creoles are typologically distinct from non-creoles. Journal of Pidgin and Creole Languages. 26(1). 2011.
翌 2012 年の EACL の workshop*2で発表された論文の方が論点が整理されている。
- Aymeric Daval-Markussen and Peter Bakker. Explorations in creole research with phylogenetic tools. EACL 2012 Joint Workshop of LINGVIS & UNCLH. (attachment).
著者の 1 人が 2014 年に発表した 2 編の guest column によって、何だか論争になっているらしいことと、著者が従来の立場を維持していることがわかる。
- Peter Bakker. Creolistics: Back to square one?. Journal of Pidgin and Creole Languages. 29 (1). 2014.
- Peter Bakker. Creoles and typology: Problems of sampling and definition. Journal of Pidgin and Creole Languages. 29 (2). 2014.
別の著者が 2013 年に出した論文もあるが、所属機関からは無料で閲覧できなかった。abstract、supplemental content と上記の guest column に引用された部分しか見ていない。
- Aymeric Daval-Markussen. First steps towards a typological profile of creoles. Acta Linguistica Hafniensia. 45 (2). 2013.
彼らの基本方針はデータベースを用いた定量的分析。これ自体は良い。しかし、具体的に採用している手法が変。そこでまず彼らの手法を見て、それから別の手法を考えてみる。
解きたい問題
知りたいのはクレオールの類型論的特徴がどこから来たか。2012 年の論文によると、4 通りの立場が考えられる:
- superstrate (lexifier)
- substrate(s)
- feature pool (only superstrate and substrates)
- restructuring universals
最初の 2 つは、それぞれ superstrate = 上層言語 (lexifier = 語彙提供言語)、substrate = 基層言語に由来するという立場。これはない。そもそもクレオールが興味深いのは、語彙の大半が lexifier (superstate) に由来するのに、文法的には lexifier とは大きく異なること。さらに言えば、substrate とも異なる。そもそも superstrate や substrate と大差ないのであれば、クレオールという区分自体が不要だったはず。
feature pool は superstrate と substrate の特徴量が pool されていて、そこから適当に値を選択していくという説明。この説を否定するには、いずれにも存在しない特徴量の値がクレオールにあればよい。そして、実際にあるらしい。
最後の restructuring universal は、クレオールの形成過程を retension (lexifier, substrates), loss (pidginization), reconstruction (grammaticalization, creolization) からなると考える。ピジン化の過程で失われた特徴をクレオール化の過程で作り直すのだが、ここに何らかの普遍性が存在すると考える。著者らはこの立場。私もたぶんそうだろうと思っている。
著者らの主張で飛躍だと思うのは、表題にも採用した creoles are typologically distinct from non-creoles というもの。単に restructuring universals の示しただけでは、この主張の裏付けにはならない。restructuring の結果、lexifier とも substrate とも異なる特徴を獲得したとしても、それが非クレオールの中でもありふれたものである可能性が排除できていない。
NeighborNet
著者らは一貫して分析手法として NeighborNet を使う。いわく、tree ではなく、network だからクレオールの分析に適していると。たしかに NeighborNet は、tree としては conflict を起こす部分を網状に可視化する。しかし bottom-up clustering であり、基本的には木を作ろうとしている。superstratist と substratist は木に基づくとみなせる。だから、NeighborNet の結果が彼らにとって不都合であることを示せば良い。でも、feature pool と universalist はそもそも木に基づかない。NeighborNet を作ったところで、何の意味があるのかわからない。
とりあえず結果を見ていく。まずは superstratist の検証から。クレオール群と lexifier 群を入力として NeighborNet を作る。その結果、クレオールはクレオール同士で、lexifier は lexifier 同士で別々にクラスタが形成された。superstratist の立場からすると、クレオールは対応する lexifier とクラスタを形成するはず。よって supserstratist は支持されない。
同様にして、substratist の検証は、クレオール群と substrate 群による NeighborNet で検証される。するとやはりクレオールと substrate が別々にまとまり、両者が分離できる。ただし、クレオールと非クレオールの境界に近い言語が存在する。おそらく、文法的側面では substrate がクレオール形成に与えた影響は superstrate よりも強いのだろう。
feature pool の検証は、lexifier, substrate、クレオールの 3 種類を入れた NeighborNet による。すると lexifier と substrate がクラスタを形成し、クレオールと対立した。しかしこの方法は直接的ではない。feature pool 説に従うなら、クレオールは対応する lexifier と substrate の間に位置しなければならない。これを検証するなら、それらの 3+ 言語だけを比較すれば良い。複数のクレオールを分析に突っ込み、クレオール同士でクラスタを作った結果、クラスタの重心が、lexifier と substrate の中間から離れていったため、結果として lexifier と substrate がクラスタを作ったというシナリオも考えられる。
universalist の検証には、さらに lexifier でも substrate でもない言語を追加している。その結果、やはりクレオールだけでクラスタができた。著者らは、この結果をもって、クレオールが非クレオールから弁別的であると主張する。この論理展開が謎。restructuring universals が支持されるかを検証するはずだったのに、いつのまにか creole distinctiveness の議論にすり替わっている。それに、わずか 52 言語のネットワークでは、世界の言語類型を網羅していないのではないかという疑いが拭えない。
分類器
restructuring universals については一旦忘れて、先に弁別性の問題を片付ける。クレオールは非クレオールから弁別的か。この問題に直接取り組むには、2 値分類器を作れば良い。各言語の特徴量列を入力とし、クレオールなら 1、非クレオールなら -1 を返すような分類器。もし高精度な分類器が作れたなら、弁別性は支持される。もし失敗した場合は、2通りの解釈が考えられる。(1) 分類器の作り方が悪かった。(2) クレオールと非クレオールは弁別的ではない。
普通に言語処理をやっていたら分類器を作ることを思いつくはず。著者らが何年もの間ひたすら NeighborNet に固執しているのが謎。一から十までソフトウェア化されているモデルしか使わない方針なんだろうか。生物系の研究を見ると、この分野には分業体制があるみたい。ごく一部の頭の良い人達がモデルを作ってソフトウェア化し、残りの人はそのソフトウェアを使ってデータ作成と分析だけをやっている。統計的な言語研究もそんな感じになるのだろうか。
話が脱線したが、言うだけでな何なので実際にやってみた。使用データは Atlas of Pidgin and Creole Language Structures (APiCS) と World Atlas of Language Structures (WALS)。
APiCS の特徴量の一部には WALS への mapping が記述してある。その 47 種類の特徴量を使う。言語数は 77。ピジンを含む contact language を広く収録している。この点は問題かもしれない。しかし、APiCS はピジンとかクレオールといった分類を明示的に付与していない。とりあえず全部使う。
WALS 側では Pidgins and Creoles に分類されている言語を除外する。さらに欠損値の比較的少ないもの 541 言語を残す。APiCS と WALS のデータを結合し、欠損値は multiple correspondence analysis (MCA) で適当に補完。
分類器は線形 SVM。sklearn.svm.LinearSVC を使ったので、内部的に LIBLINEAR を呼んでいるはず。パラメータは適当に grid search。5 分割交差確認で精度を測定。
結果。accuracy は全部非クレオール (NC) に分類すると 87.5% なのに対して、SVM は 94.2%。クレオールに着目すると、再現率 79.7%、適合率 71.4%、F1 が 75.3%。混同行列を示す。
sys | |||
---|---|---|---|
NC | C | ||
ref | NC | 527 | 14 |
C | 22 | 55 |
2015 年 11 月 18 日追記: APiCS のピジンを除去して再実験してみた。ピジン排除の基準は、sociolinguistic feature ""Ongoing creolization of pidgins"" の値が "Not applicable (because the language is not a pidgin)" あるいは "Widespread" ではないもの。これで 13 言語が除去された。
sys | |||
---|---|---|---|
NC | C | ||
ref | NC | 534 | 7 |
C | 10 | 54 |
PCA
SVM の失敗事例を分析してもよいのだが、別の方法を試す。高次元データの性質を知りたいなら、とりあえず主成分分析 (PCA) してみれば良い。
PCA の結果を示す。まずは PC1-2。赤がクレオール (APiCS)、緑が非クレオール (WALS)。
PC2-3。
クレオールは世界の言語の中で偏った一群であることは確か。しかし、非クレオールとは分離されておらず、分布が重なっている。
点が多すぎて密集具合がわかりにくいのでカーネル密度推定を使って連続分布に変換してみる。
PC1-2 の非クレオールの分布。
PC1-2 のクレオールの分布。
PC2-3 の非クレオールの分布。
PC2-3 のクレオールの分布。
クレオールと非クレオールは異なる分布を持つが、両者が重なっていないとはとても言えない。
ラベルを見ると、PC1-2 においてクレオールの中心から外れている言語はピジンが目立つ。でも、Sri Lankan Malay、Korlai、Kikongo-Kituba、Lingala、Mixed Ma’a/Mbugu などは 309 Proportion of native speakers によるとそれなりに母語話者がいてクレオール化されている。
結論と今後の課題
結論としては、クレオールは非クレオールから弁別的とまでは言えない。条件をいろいろ変化させて、もう少し真面目に調べれば、ちょっとした成果にはなりそう。
今後だが、やはり一度脇においていた restructuring universals が気になる。restructuring universals について著者らは何も示せていない。feature pool のモデルと、さらに restructuring universals を考慮するモデルを作って、後者の方がクレオールのデータをより自然に説明できると実験的に示せば良い。しかし、著者らは他人が作ったソフトウェアに頼りっきりなので、手が出せないのだろう。データが充実しつつあるのに、分析できる人がまだいないのは狙い目。
Bakker の guest column を読むと、台湾の Yilan Creole Japanese (宜蘭クレオール) がクレオールでありながら、クレオールの典型から外れていて面白そう。私がこの言語を知ったのは 2008 年 8 月、以下の報告から。
- 安部 清哉, 土田 滋 and 新居田 純野. アタヤル語(泰雅語)の寒渓方言に入った日本語. 東洋文化研究. 10. 2008.
簡単な報告で、語彙の分析が少しあるだけ。
今調べてみると別の報告が出ている。
- 真田 信治 and 簡 月真. 宜蘭クレオール. 国語研プロジェクトレビュー. 3 (1). 2012.
クレオールは一般に SVO 語順を持つと言われるが、宜蘭クレオールは日本語のような SOV が基本とのこと。格標示の後置詞が使われるのも非典型的。
いまのところ宜蘭クレオールは APiCS には収録されていない。もっと本格的な報告が出たら登録できるかもしれない。
2016年11月12日追記: この記事の最後の方でうだうだ言っていた話もひっくるめて論文にした:
Yugo Murawaki. (2016). Statistical Modeling of Creole Genesis. In Proceedings of the 2016 Conference of the North American Chapter of the Association for Computational Linguistics: Human Language Technologies (NAACL-HLT 2016), pp. 1329-1339.