murawaki の雑記

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Hmong-Mien Langage History

Martha Ratliff. (2010). Hmong-Mien Language History.

なぜか一般受けした駄文を一時の気の迷いで書いてしまったが、平常運転に戻る。本の紹介。それも、アフィれない程度に入手困難な本。

モン・ミエン語族に関する本。現代語の紹介とかぬるい話は抜きにして、ひたすら Proto-Hmong-Mien を再構。現時点で最新に近いと思われる。*1

話の前提として、上古音 (Old Chinese) 再構問題がある。最近の定番は Baxter and Sagart. (2014). Old Chinese: A New Reconstruction (再構結果はウェブで公開されている)。*2 この本にあるように、Old Chinese が類型論的にクメール語のような構造を持っていたことはほぼ確実。すなわち

  • 声調はなかった。中古音の平声 (A) は *-∅;、上声 (B) は *-ʔ、去声 (C) は *-h (< *-s)、入声 (D) は -p, -t, -k に由来する。
  • 単音節とは限らない。例えば、「壯」が *k.dzraŋ で、「脰」が *kə.dˤok-s。具体的には tightly attached preinitial consonants と loosely attached presyllables の 2 種類が想定されている。完全な音節の前に、単純な構造の弱い音節 (あるいはそのようなもの) が先行する。クメール語の説明では sesquisyllabic という用語を見るが、Baxter and Sagart (2014) はこの用語を使わない。こうした語はおそらく元は 2 音節語にさかのぼる。
  • 派生接辞を盛んに用いる。接尾辞 *-s で動詞から名詞を派生させたり、接頭辞 *N- で他動詞から状態の自動詞を派生させたり。

こうした特徴は典型的にはクメール語に見られる。同じオーストロアジア語族のなかでは、ベトナム語は声調言語で単音節で孤立語。でも、オーストロアジア祖語にまでさかのぼらなくても、Vietic の親戚に sesquisyllabic で派生形態素を持つ非声調言語が見つかる。Kra-Dai は Proto-Tai の時点で sesquisyllabic だったらしい。派生接辞の話は聞かないけど。

では、大陸部東南アジア (MSEA) 言語連合*3のなかで、残る Hmong-Mien はどうか。Ratliff (2010) によると、上述の Old Chinese の特徴は Proto-Hmong-Mien にもあてはまる。声調はなかった。Ratliff (2010) は disyllabism と言っているが、Baxter and Sagart (2010) が Old Chinese について言っているのと同様に、tight *NC- と loose *N-C- の 2 種類が存在した。派生接辞はというと、漢語の場合と同じような doublet が存在するので、接辞の痕跡を見ているっぽい。

面白い議論が 2 つ。一つは声調発生 (tonogenesis) の時期 (Chapter 3)。鍵となるのは漢語からの借用語。Hmong-Mien に見られる漢語からの借用語には、両者の間で tone category が一致するものがある。一次的な ABCD の分化だけでなく、語頭の有声無声の対立が高低に転化したと推測される二次的分化 (A1, A2, B1, B2, ...) も対応する。借用元 (漢語) と借用先 (Hmong-Mien) はどの段階だったか。tonal か atonal かで 2x2=4 通りの組み合わせが候補に挙がる。Ratliff (2010) は他の言語間の借用事例を見ながら、その一つ一つ検討する。その結果、声調が規則的に対応し得るのは双方が atonal な場合だけだと主張する。なお、従来の説では、声調のシステムそのものが漢語から Hmong-Mien に借用されたと考えられていたとのこと。Ratliff (2010) に従うと、そうした借用は Old Chinese の時期に発生し、その後、tonogenesis が並行的に起きたことになる。それはそれで不思議な話。

ここからは私の妄想。超大雑把に言って、MSEA 型の tonogenesis は

disyllabic (atonal) -> sesquisyllabic (atonal) -> monosyllabic (tonal)

という過程をたどったことになる。狭義の tonogenesis は最終段階にすぎない。その前段階として、少なくとも sesquisyllabic になっていることが、狭義の tonogenesis の条件 (precursor) となる。sesquisyllabic というのも変わった特徴であって、MSEA の地域的特徴と言える。漢語、Kra-Dai の大半、Vietic のいくつは、Hmong-Mien は MSEA の核だけど、その周辺に、クメール語や、別の過程を経て tonal になった sesquisyllabic なビルマ語が存在する。オーストロネシア語族はその外側に位置する。Austronesia と Kra-Dai を兄弟とする仮説はおそらく正しいと私は思うし、そうでなかった場合も、両者の接触があった可能性は高い。広義の tonogenesis は Proto-Austronesian が離れてから発生したということになるか。そして日本語はさらにその外側にいる。稲作とか、文化的には関係があってもおかしくなさそうなのに、言語的にも遺伝的にもまったく無関係っぽいのが不思議なところ。

もう一つ面白いのは numeral classifier に関する議論。Hmong-Mien は numeral classifier を義務的に使うらしい。しかし、Ratliff (2010) は、助数詞のシステム自体を漢語から借用したと推測する。それどころか、Old Chinese においても商周時代の助数詞の使用は限定的であり、この地域における classifier の発達は同時期に起きたかもしれないと推測する。Hmong-Mien には numerical classifier と機能的にかぶるところが多い classifying prefix というのがある。接頭辞の起源が古いことを考えると、後者の方が古いはず。文法化という面では、noun => classifier と class noun => prefix は起きているが、class noun => classifier が起きていないとか。あと、Aikhenvald (2000) を引いて classifier system は通言語的に借用しやすいと言っている。ここはよくわからない。助数詞を使うシステムが既にある言語が新たな助数詞を借りるのが容易という話なのか、システム自体も容易に借りられるという話なのか。

Nichols (1994) は助数詞、声調、二人称代名詞 m- を人類による Pacific colonization の第3層だと主張していた。代名詞は置いておくとして、最初の2つは、こうして仔細に見ていくと、時間的にさほどさかのぼらない可能性が高い。しかも、系統的 (縦の) 関係ではなく、空間的 (横の) 関係を反映しているようである。

それにしても、横の関係は現象として謎すぎる。何とかして機序を解明したいところ。

2016年11月5日追記: 流音について、松本 (2006) は、lateral l と rhotic r の複式、いずれかだけの単式、いずれも持たない欠如型という類型を設定し、日本語を含む「太平洋沿岸言語圏」は単式流音によって特徴づけられるとぶちあげている。松本 (2006) は、ミャオ・ヤオ諸語の 8 サンプルをすべて単式に分類するのみで説明を付していない。これに対して、Ratliff (2010) は、Proto-Hmong-Mien に *l- と *r- の 2 種類を再構している。ただし、異説が少なくない様子。West Hmongic の [l] と [ɭ] の対立を Proto-Hmong-Mien にさかのぼらせる説や、*r- をまったく再構しない説などもあるらしい。Ratliff (2010) は West Hmongic の [ɭ] は *lj- に由来すると見ている。

漢語については、松本 (2006) は複式から単式に変化したとし*4、「この言語に純粋に内部的な要因だけで説明するのは無理であろう」(p.335) と述べて接触的変化を想定する。ただし、Bodman (1980) を引いて、「ある種の環境 (たとえば語末) では、l と r の区別が漢の時代まで保たれていたらしい」と言う。Baxter and Sagart (2014) は当然複式を採用している。Old Chinese の *r が Middle Chinese で retroflexion を引き起こしたというのが、中古音を説明する鍵になっている (例えば「住」 *dro(ʔ)-s > drjuH -> zhù)。Middle Chinese の l- は Old Chinese の *r(ˤ)- に由来する (例えば、「犂」 *C.r[ə][j] > lij > lí)。証拠はいろいろあるが、例えば Proto-Min で *z- に対応すること。*r > l は、先行して *l が消滅した穴を埋めたもの。Old Chinese からは *l- > y-, *lˤ > d-, *lˤr- > dr- と変化したという (例えば、「夷」*ləj > yij > yí、「田」*lˤiŋ > den > tián)。*lˤ > d の最初の証拠は紀元後1世紀だというから、*r > *l はさらに下ることになる。あと *l-, *r- に対応する無声の系列の *l̥-, *r̥- も再構していて、Middle Chinese の th- に対応するという (例えば、「湯」*l̥ˤaŋ > thang > tāng)。

松本 (2006) を読むと、素朴な印象として、流音の類型は安定的という割には例外を頑張って説明し過ぎではないかと思う。漢語に対する説明もひっかかる。チベットビルマ系の言語が「言語接触、それもクレオール化と呼ばれるような言語混合を伴った激しい接触的変化」(p.335) を受けて漢語が成立したというには、流音まわりの変化の時期が新しすぎる。仮に激しい言語接触があったとして (これ自体はおそらく正しい)、Old Chinese は接触後の言語ではないか。もし Proto-Sino-Tibetan では複式だけど Old Chinese までに単式に変化したというなら納得できる。実際には Old Chinese は複式。その後単式に移行した原因を接触に求めるのは妥当なのか?

*1:この記事を書いている最中に新しい論文を見つけた。Weera Ostapirat. (2016). Issues in the Reconstruction and Affiliation of Proto-Miao-Yao.

*2:漢語音韻学業界はジャーゴンに満ち溢れていて近寄りがたいことが多いが、Baxter and Sagart (2014) は普通の用語を使っていてわかりやすい。

*3:Ratliff (2010) は Matisoff に従って Sinosphere と言うが、Sinocentrism の香りが微妙。

*4:英語の Korea は、l ではなく r だから日本語に由来するという私の議論は、松本 (2006) の議論の応用。