murawaki の雑記

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꼬레아 코리아

오인동. 2006. 꼬레아 코리아. 책과함께.

Korea やそれに類する西洋系の語は日本語の高麗に由来する。この仮説はほぼ確実だと私は考えている。それと同時に、どうして他の人間がそう明確に主張しないのか不思議に思っている。2016年7月には私の理解を説明する記事を書いた。このページにはぼちぼちアクセスがあるが、いずれも日帝が Corea を Korea に改名したという陰謀論との関係で言及されている。しかしそれは話の枕に過ぎない。私が本当に言いたいのはもっと前、400年以上前の経緯。残念ながらそちらに関する反応は観測できない。

現状の記事は完成しているとは言いがたい。一番の問題はポルトガル史料の調査が甘いこと。他にも Gores という語についても補足したい。しかしそれらを完遂する余裕はない。ひとまず知識の断片を雑記に残しておく。

上記の本は最近偶然見つけた。著者はロサンゼルス在住の整形外科医兼統一運動家とのこと。本の刊行は Google Books によれば2006年9月だが、2015年には統一後の国名を Gori にすることを主張するインタビュー記事を載せている。経歴からするとトンデモ本の危険性を感じる。しかし、意外なことに、集めている史料はまともで、推論も途中までは穏当に見える。しかし、Google Books の snippet で見える範囲からは、結論として何を主張しているのかよくわからない。普通に考えると著者の運動家としての主張と整合しない結論に至るはずだが。

先に私の主張を要約しておく:

  • モンゴル帝国時代の史料に見える Caule/Cauli は Korea の直系の祖先ではない。次に Corea 系の語が登場するまで時間的断絶があるし、L から R への変化が説明できない。
  • 1393年に明が朝鮮の国号を李朝に下賜したことで高麗の国号は消滅したが、日本人は引き続き高麗とよび続けていた。
  • Corea 系の語は大航海時代南蛮人が日本に到着したあとに出現する。Corai や Coray など、日本語の高麗を写した語がポルトガル史料に現れる。
  • ポルトガル語史料に現れる Coria, Còria, Còrea などは Corai/Coray をポルトガル語化 (-a をつけて女性名詞化) したものと推測される。
  • 英語の Corea はポルトガル語からの借用のようだが、最初期の用例は日本発。

呉は私と同じく Corea/Korea の陰謀論から話を説き起こしている。Corea から Korea への置き換えが米国主導で進んだこと、日本は併合後 Chosen を使っていたことを指摘している。それなら陰謀論には根拠がないという結論で終わりそうだが、私が探した限りでは、呉はそう明確には主張していない。

呉は Corea と日本語の高麗の関係を示唆する史料を並べている。しかし、両者の関係について明確な主張をしていない。呉は日本に来たイエズス会士の報告に言及している。snippet 表示からは部分的にしか確認できないが。Gaspar Vilela が 1571 年に日本から出した書簡に Corai/Coray が登場することは有名で、呉も紹介している。キリスト教史とは別に地理学史の研究も昔から行われている。日本だと海野一隆とかが有名。Dourado の同時期の地図に costa de Conrai が登場することも呉は紹介している。両者がどのような関係にあるのか以前から知りたいと私は思っているのだが、そのあたりを整理した研究をまだ見ていない。

呉はポルトガル史料の Corai/Coray が日本語を写したものであることを正しく認識している。そこまで来ておいて、どうして Corea と日本語の高麗を明確に結び付けないのだろうか。16世紀後半、国号が朝鮮に変わって久しいはずなのに、なぜ高麗の名称が使われ続けていたのか。惜しいところまで来ているはずなのに、呉はその答えにたどり着いていない。日本の史料を見ればいくらでも高麗が出てくるのだが。おそらく西洋史と日本史が別分野として断絶していて、両方に通じた者がいないのだろう。

2021年1月5日追記: Gores についての記事も書いた。