Ludvig Lizana, Namiko Mitarai, Kim Sneppen, and Hiizu Nakanishi. Modeling the spatial dynamics of culture spreading in the presence of cultural strongholds. Physical Review E 83. 2011.
物理屋さんによる言語の論文。先月、物理屋さんの研究会で発表したときに教えてもらった。last author の所属大学が私の現在の所属と同じ。意外と近くに似たことをやっている人がいるものである。言語の研究者は背景がばらけすぎ。サーベイが足りてなくても、石を投げずにあたたかく見守ってほしい。あと、この論文は英語が独特。
方言周圏論をシミュレーションで再現している。online demo がある。しかし、Java がブラウザから追放されるこのご時世に applet はつらい。
蝸牛考とアホ・バカ分布図に言及した上で、京都を中心とした語の分布を作ろうとする。なぜか Gray et al. の Science 論文を引用しているが、系統樹を作るという発想は最初から最後まで出てこない。普通はそうだろう。
シミュレーションの中身は簡単。要旨に Eden growth process という聞きなれない用語が出てきて身構えたけど。
日本列島に格子をあてはめ、各点を方言のノードとする。新語は京都でしか発生しない。その発生頻度は で制御する。語は隣接ノードに対して伝播していく。どのノードを更新するかの決定はランダム。選んだノードに対する更新は決定的。新しい語が古い語をかならず置き換える。シミュレーションの結果、東西の辺境に古語が残存するという期待通りの分布 (図 2 左) が得られている。
シミュレーションの悩みとして、パラメータ設定の根拠がとぼしいというものがある。こうやって日本地図で分布を可視化することで、パラメータを調整するのはありかもしれない。この論文の場合、モデルを少し変更し、新しい語がかならずしも古い語を置き換えない場合も試している。その結果 (図 3)、分布がまばらになっている。この結果はおそらくあまり自然ではない。この結果は、語借用の要因として「威信」があることの傍証にならないか。
この研究への不満は、京都を中心とした伝播しか考えないこと。方言周圏論の背景には、新村出あたりが言い出した、方言の東西対立があったはず。研究史をちゃんと確認してないけど。柳田國男が大々的に着目したのは、東側の特徴が九州等の西側の辺境でも見つかる場合があること。改新の年代差が地方差に反映されるとは一般に言えても、それが具体的にどういう分布になるかは一概には言えない。方言の東西対立という枠組みがつぶれたわけでもない。例えば、「からい」と「しょっぱい」の東西対立の場合、東日本の「しょっぱい」の方が新しい。
やはり、モデルに最初から京都を特別扱いさせるのはうれしくない。こうした前提抜きでシミュレーションを行い、結果として周辺論的分布がたまに得られると良い。そのためには、均質なノードからなるグリッドでは都合が悪い。ノード自体に大小をつけるのか、ノードの間隔を不均一にするか、とにかく文化的中心が中心となるような仕組みが必要。それを言い出すと、隣接ノードとしか通信しないのも怪しい。15km や 30km といったノード間隔は、人間の行動範囲と比較して微妙なところ。おそらく前近代であっても、道沿いのリレーで伝播したとは限らない。多少離れていたとしても、ハブとなる町と直接通信することで伝播した場合も多かったのではないか。そういう実験をやってみたので、前近代の人口データを誰か作ってほしい。