murawaki の雑記

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アイヌ学入門


瀬川拓郎. 『アイヌ学入門』(2015)

アイヌとその言語には、日本語の起源との関わりから興味を持っている。といっても、本腰を入れて追いかけているわけではない。本書のような新書*1であっても私にとっては新情報だらけ。

本書では、主に文化面について、著者の最近の主張が提示されている。一般の、中高の教科書レベルの認識では、アイヌ縄文人シーラカンスのように生き残ったかのように思われていそうだが、実際には大きな変化があったこと、その変化に日本が大きく関わっていることを著者は指摘する。

私にとっての新情報は後半、3章から7章までを中心に展開されている。*2 しかし、この部分については、私が著者以外の情報源を把握していないので、「へー」とか「ほー」とか間の抜けたことしか書けない。この雑記では、主に2章までの、私が他の情報源を多少は知っている部分について、コメントを書き散らす。

DNA

The history of human populations in the Japanese Archipelago inferred from genome-wide SNP data with a special reference to the Ainu and the Ryukyuan populations (Journal of Human Genetics, 2012) を引いて、「弥生時代朝鮮半島から渡来した人びとが縄文人と交雑して和人 (本土人) になり、周縁の北海道と琉球には縄文人の特徴を色濃くもつ人びと、つまり琉球人とアイヌが残ったといいます。」(p.39) と要約しているのは少し乱暴。この研究が直接主張するのは主に次の2点。

この結果が従来の二重構造モデルと整合的だと慎重に議論している。現代人の DNA を調べただけでは直接故地を推定するのは難しい。交雑の時期についても今回は推定していない。

データに関しては、平取のサンプルが本当に (北海道) アイヌ全体を代表しているかが以前から気になっている。もう一つ、アイヌとニブフの関係については、先行研究を引くのみだが、データを採って分析してほしいところ。上記論文が引いている Genetic origins of the Ainu inferred from combined DNA analyses of maternal and paternal lineages (2004) はまだちゃんと読んでいない。

ちなみに、今年になって続報が出ている。Unique characteristics of the Ainu population in Northern Japan (Journal of Human Genetics, 2015). アイヌのデータは 2012 年版と同じだが、別ソースのデータと重ねあわせている (図 2)。このデータは本土のサンプル数が 1,000 程度と大規模で、関東に限らず、各地方のデータが使われている。大きな発見は、東北は (北海道) アイヌと似ていないこと。

その先に出てくるのが 3-population test (f3) や f4-ratio test。交雑の時期や割合を推定する話だが、モデルの詳細をまだ理解していない。言語に応用できなそうなモデルだし。アイヌを縄文の代わりに、漢人朝鮮人を弥生の代わりとして使うのは微妙ではないかという感想を海外のブログで目にした。

あとは、細かいけど気になったのが、ハプログループがミトコンドリアのみに関するものであるかのような記述 (p.44 と p.55)。

2015年10月27日追記: Choongwon Jeong, Shigeki Nakagome, and Anna Di Rienzo. Deep History of East Asian Populations Revealed Through Genetic Analysis of the Ainu. Genetics. (2015) も読んだ。同じ平取のサンプルを使っているけど、分析が違う。

  • アイヌのサンプルは PCA で見ると heterogeneous だけど、ADLER で admixture time を推定すると、2 pulse model で古めに見積もっても 30-40 generations ago。弥生時代はもちろん、オホーツク文化との接触と比較しても新しすぎる。
  • ADMIXTURE (K=8) だと、アイヌは独自クラスタ。Japanese と Ulchi にアイヌ要素が見られる。
  • TreeMix をやると East Asian の中で outgroup を作る。でも Itelmen-Nganasan よりも内側。アイヌ白人幻想へのカウンターにはなっている。
  • allele の positive selection の話が面白い。East Asian に多い EDAR V370A をアイヌの 25% しか持っていない。ただし、同じく East Asian に多い OCA2 H615R はアイヌも高頻度に持っている。APO gene cluster の positive selection が海洋生物への依存を反映している可能性を指摘。

縄文人の南下

考古学的な詳細を知らないまま、修辞を追いかけていて気になった部分。

p.50 あたり。「オホーツク人の集落は海岸線から二キロメートル以内にしかな」い一方、「アイヌの集落は縄文時代以降近世まで、沿岸から内陸奥地にまで設けられてい」るのに、「アイヌはこれ [注: オホーツク人の南下] を避け、北海道の南半に押しこめられるかたちにな」ったのはなぜ? これだけ読むと、素朴には、沿岸を占拠されても、上流域は引き続き確保できそうなものである。オホーツク人が「クマなどの毛皮獣も多数捕獲していた」ことと関係ある?

東北のアイヌ語地名の担い手

東北のアイヌ語地名をいつ誰が残したのかという問題は、私にとってアイヌに関する最大の関心事の一つ。本書では、p.52 での導入に続き、p.70 以降で議論している。

本書は、「古墳時代の四世紀になると、北海道の続縄文文化の人びと (アイヌ) はこの [注: 本州の] 鉄製品を手に入れるために、古墳社会の前線地帯だった仙台―新潟付近まで南下していました」(p.71) とさらっと記述している。この主張にどの程度強い根拠があるのか気になる。「そのため東北地方の遺跡からは、当時の北海道と同じ土器や墓がみつかります」(p.71) と書くが、典拠を付けていない。

関連文献のうち、本書が引く (松本 2006) は未見。同じ著者による『蝦夷(えみし)とは誰か』(2011) は読んだ。それによると、「東北北部では、弥生時代後期~古墳時代中期に併行する時期、すなわち1世紀後葉~5世紀前半ころの住居は発見されていない」(p.96) が、「3世紀後半ころ~5世紀後葉までは、東北北部でも、北海道の続縄文土器とほぼ同じものが作られていた」(p.97) とのことである。北海道と東北北部が同じ文化圏に属していたというだけで、この時期に南下が起きたとは言っていない。松本は、前時代との連続性を想定しているようである。

南下を主張するには、前時代との断絶を示す必要があるように思う。

接頭辞優勢言語?

アイヌ語は接頭辞が優勢」(p.68) という話。あまり気にしてなかったが、確かにそうだ。(中川 2010) は未見。

WALS で Feature 26A: Prefixing vs. Suffixing in Inflectional Morphology を見ると、アイヌ語は Equal prefixing and suffixing に分類されていた。ケット語は Weakly prefixing。周辺を見るとチベットビルマ系のギャロン語が Weakly prefixing、台湾のルカイ語とパイワン語が Equal prefixing and suffixing。

最近ケットと同系かもしれないと言われている北米のナ・デネ語族を見ると、結構接頭辞が優勢。

  • Slave, Tanacross, Chipewyan, Navajo が Strong prefixing
  • Sarcee, Hupa が Weakly prefixing
  • Tlingit, Apache (Western) が Equal prefixing and suffixing

最近考えている語順変化のモデルに例として使えるかもしれない。

相互理解可能性

北海道とサハリンの基礎語彙残存率が70%程度で、宮古首里のペア*3と同程度であるから、「意思の疎通も困難なほど異なっていたというわけではありません」(p.85) という。ここで引いている (金田一, 1960c) は未見 (そればっかり...)。

相互理解可能性はそもそも 0/1 で割り切れる性質のものではないが、一般に聞く話では宮古と沖縄は相互理解不可能。それもかなり昔からそうだったらしい。1390年に宮古の与那覇勢頭豊見親が首里朝貢したが、言葉が通じないので「怜悧の者二十名を選んで学ばせ」、3年にして言葉が通じたという (出典?)。

北海道とサハリンは実際のところどうなのだろうか?

基礎語彙残存率と相互理解可能性の相関を真面目に調べた研究は存在するのだろうか?

Bayes 系統モデル

Lee and Hasegawa (2013) を「言語年代学的にあらためて計算しなおし...」(p.87) と説明するのは変。服部四郎が採取したデータこそが言語年代学の遺産。彼らの手法は、言語年代学というか語彙統計学の研究が低迷している間に発展した進化生物学の統計的手法に由来する。正確には、進化生物学から直接借りてきたのではなく、他の研究グループがインド・ヨーロッパ語族に適用して話題になったので、同じ手法をアイヌ語に適用したもの。

「この [注: 年代] 推定をもとに考古学的な事象を解釈し、もともとサハリン方言とはオホーツク人の言語だったのであり、オホーツク人が八世紀に北海道全域へ拡散し、アイヌと融合するなかで、アイヌ語北海道方言が成立した、とのべています」(p.87) という結果の要約も変。彼らの主張は以下の通り。

  • 縄文人にオホーツク人が強い影響を与えた結果成立したのがアイヌ
  • その故地は北海道北部
  • 現代の方言は、北海道北部の故地から北のサハリンへ、また北海道南部へ拡散することで成立

系統モデルの性質上、全子孫の共通祖先にたどり着いたら終わりで、それ以前の状態は推定しない。彼らの主張はその祖語が北海道北部で成立したというだけ。考古学的知見の解釈についても、その言語を縄文人とオホーツク人のどちらから引き継いだかについては何も言っていない。

もう少し真面目な言語学の議論で、アイヌとニブフの接触を扱ったものを最近見つけた。Alexander Vovin の On the Linguistic Prehistory of Hokkaidōアイヌ語とニブフ語に共通する特徴 (接頭辞と語彙) を認定したうえで、主にアイヌからニブフへの借用を推測している。しかも、いくつかの要素は北海道アイヌ語にも確認され、アイヌ祖語にさかのぼるとみられる。ニブフ側も、サハリン・ニブフだけでなく、アムール・ニブフにも確認できる。このことから、オホーツク人が北海道 (のオホーツク海沿岸) でアイヌ語話者と接触したと推測している。たいした根拠があるわけではないし、話半分に聞いておくぐらいで良い。

*1:想定読者を広く設定すると仕方がないのかもしれないが、個人的には新書という形式は好きではない。引用しにくいし。典拠不明の記述が多いのも不満。本書は要所要所では文献を引いているけど。

*2:特に3章のコロポックル伝承の起源と展開が刺激的。以前、同じ著者の『コロポックルとはだれか』(2012) を読んで感心したが、本書はそこから何歩も先に議論を進めていた。

*3:琉球語における宮古方言と首里方言」という表現が気になる。「琉球語」は存在しない。首里の言語をそう呼ぶのでないなら。そもそも「言語」と「方言」の識別に関して取り得る立場は2つある。日本語族に属する lect を分類すると taxonomy ができる。一つの立場はすべての階層のノードを「方言」と呼ぶもの。この場合、当然「琉球語」は出てこない。もう一つは、相互理解可能性という怪しげな基準を使って「言語」と「方言」を識別するもの。この場合も、具体的に何言語を認定するかは別として、それらは琉球よりも下位の階層に位置する。よって、琉球ノードは「琉球語」となる。どこかに「琉球語宮古方言」を支持する立場の人がいたりするのだろうか? 「言語」と「方言」の識別は、分類学者が「科」なのか「亜科」なのかと悩むようなもので、本質的に重要な区別ではない。しかし、社会的には方言は言語よりも劣るという観念が根強いようである。ある種の質の悪い言説は、このような社会的背景を認識しているにも関わらず、「言語」の認定と危機言語の保存運動を同時に行おうとする。この言説は、方言に対する社会的偏見をむしろ強化するという点で有害である。そもそも、この手の言説は、「言語」という分類学上の階層が保存運動の単位となる階層とどう対応するかを一切説明しない。これは自明ではない。話者自身が認識するまとまりは、一般に「言語」と対応しない。おそらく、保存運動とは、進歩的な自分たちが、遅れた話者に対して、学問の権威を背景に下す神託だと考えているのだろう。